少林寺拳法の在り方は!

◇第二第四土曜の練習は、開始が普段の練習より1時間半早く、明日が休みなのでタップリ感の練習が出来るようです。午後6時半~8時半頃まで。

まあ、学生なら普段からゲップが出る?ほど練習しているでしょうが、社会人はそうは行きません。したがって、時間にゆとりを感じる土曜の練習は良いようです。もっとも、野暮用で忙しい!なんて人もいるかもしれません…。←内容を聞くのは野暮なので止めます。haha!

◇◇昔の体育会少林寺拳法部は週6の練習でした。強化練習となると午前と午後やっていました。普通の道院でさえ、週3は当たり前ではなかったでしょうか…。40年以上前の話です。ゲップどころかヘドが出たかな…。

しかしですよ、凄いなー!と思うのはオリンピック級の選手達。所謂アスリートの練習量は、昔の体育会をはるかに上回るようです。何が彼等をして、そこまでの練習をさせるのでしょう…。耐えられるのでしょう…。執念?意地?生活の為?

少林寺拳法は勝敗を争う事を目的とせず、自身の修養=護身錬鍛・精神修養・健康増進として取り組むのモノで在り方が違います。正しく認識したいですね。_dsc8400

信長、近代の軍人より凄い!

◇日曜日の午後、『NHK特集 私は日本のスパイだった ~秘密諜報員ベラスコ~』を見ました。34年前に放映され、多くの賞を受賞した作品だそうです。

太平洋戦争時、アメリカの情報をスパイするため、スペインで組織された「盗→のち東」のリーダー・アンヘル・A・デ・ベラスコなどの証言から構成された番組は、とても見ごたえがありました。

彼らは優秀で、超極秘であった原爆の情報さえ探り当て、日本に再三警告していた様です。昭和17年の南方戦線に関する情報では、例えば神父に成りすまし、出生前の軍人の懺悔によって情報を得たとか、まさにスパイ映画そのもの。

しかし、肝心の大本営がこれらの情報を処理できず、アメリカの反転大攻勢をやすやすと許し、兵力を小出しに投入して全滅させることを繰り返したのだとか…。アメリカの元情報将校がインタビューを受け、日本のこの抜かり=情報を分析・処理する部局が無い事を、信じられない(アバウントです)と語っていました。また日本側の元参謀も、「あるもないも、バラバラだった(アバウトです)」と証言しました。

◇◇尾張の小国主であった信長は、1560年 6月12日、桶狭間において駿河の太守・今川義元を破るという、戦国期最大の大番狂わせを実現しました。

この時の論功行賞に彼の天才性が伺えます。当時の常識は敵の大将を討ち取ったモノが一番手柄なのです。しかし選ばれたのは、義元の首をとった服部小兵太や毛利新助ではなく、梁田正綱という言わば情報将校でした。

ようするに信長の頭脳には、近代日本軍が持っていなかった情報処理部局に通じるモノがあった!ということに驚かされます。

多分、梁田は信長の直々の命を受けていたはずです。もし家来を中継させたら、情報を得たとしてもその価値に気が付かず、あー義元は食事中だ!で届かなかったはずです。また、周囲に休憩の情報が欲しいと漏らせば、奇襲の意図が見破られたでしょう。

天才信長は家来共を信用せず、いや近代日本軍でさえそうだったのですから、無理ですね。情報の収集を心がけ、分析し、奇襲をして一気に勝負を決める!と胸に秘めていたのでしょう。一騎駆もそうです。情報漏れを警戒しての行動です。

凄いなー!

それを言っちゃーオシメーヨ!/いやオシメ―じゃない!

◇アメリカ大統領選挙ではネガティブ・キャンペーンの傷がひど過ぎて、新大統領が決まっても相当苦労するようです。それでも何とかやっていますから、アメリカ人は凄いですね。いや、アメリカ政治家の精神構造が凄いのでしょう…。

並の一般人なら、一生修復できないくらいの言動を相手にぶつけていますからね…。多分、日本の政治家でもダメだと思います。

◇◇映画『男はつらいよ/渥美清主演』は、その意味で興味深いです。ストーリーの中では、とらやの家族と寅が毎回のように激しいケンカをします。オバチャンとさくらは、いつもそれに泣かされます。で寅は、「それを言っちゃーオシメーヨ!」の捨て台詞を残し、家を飛び出すのです。

しかし…寅はいつの間にか戻って来て、家族も喜んで彼を迎え入れます…。山田洋二監督は何を訴えたかったのでしょう。私はですね、家族の絆の大切さを訴えているのではないのか?と思うわけです。

冒頭のアメリカの政治家は、利害で罵り合いを乗り越えます。ですが、政治家ではない我々は、切っても切れない(家族の)絆で、「それを言っちゃーオシメーヨ!」「いやオシメーじゃない!」と、人生に起きる荒波=人間関係のトラブルを乗り越えて欲しい!そんな願いを感じました。

「いくぞ!」「こい!」/活気の交換

◇平素の練習に於いて、特に少年部に表題の気合を掛け合いさせます。

拳士が演武をする際、活気を殺気と勘違いする人がいるようです。拝み合い、立て合い、という合掌礼を交わす演武で、やる気が殺気になってはいけません。やる気が無くてもいけません。攻防の技の交換は、攻撃の気と防御の気の交換でもあります。これによって「(やる)気」を養うのです。しかし、この感じがつかみにくいようです。

「いくぞ!受けろよ!」「来い!大丈夫だ。思い切って来い!」。こんな、お互いの気持ちの交換。活気の交換です。形の交換=演武は、どこを突き蹴りしても良い乱捕りではないのですから、攻撃も防御も気が集中しやすいのです。もちろん、攻防技は真剣な事が大前提。

◇◇真剣と書きましたが、剣道で真剣を使った形を思い起こして下さい。相手を斬りに行く気持ちではありませんね。そりゃー受け損なって斬られる場合が、あるいはあるかもしれません。しかし、明らかに殺気の交換では無いはずです。あえて言えば、真剣の気の交換なのでしょう。

話しが戻って、少年部の練習時、小1から中1まで私が相手になり、「いくぞ!」「こい!」と構えを付けてやっています。でもね、子供達が「やる!やる!!」というので…大変なんですョ…!

トランプ氏大統領/日本の政治家諸氏で大丈夫ですかね

◇しばらく投稿をお休みして申し訳ありませんでした。実は、門下生であったF支部の前監督が健康上の理由で引退。10月から監督を代行していて、今月11月、正式な監督になりました。つまり、身辺が急に忙しくなったのです。

まあ言い訳はこれくらいにして、アメリカ大統領選挙について、筆跡?を残しておきます。

◇◇えらいことになりました。各メディアは思いつく限りの驚き表現?を用いています。そんな中、ジャーナリスト木村太郎氏は、昨年から一貫してトランプ氏の勝利予想していた!というのですから大したものです。開票当日、日本では昼前になりますが、フジテレビでこのことを知りました。

うーーん、先が見える人がいるんですね…。今日もテレビに出演してコメントしていました。当たり前ですが、昨年から現地を取材していて、そう感じたそうです。でもね、他の人だってそうなんでしょう!?情報に対する視点が違うのでしょうか。才能が違うのでしょう。興味深いです。。

敗れたヒラリー氏、あれほどスキャンダルまみれの人に敗れたのは、相当のショックでしょう。彼以下!というのは、彼女のプライドが許さないでしょうね。これから先の人生、どうなるのでしょう。心の傷を癒せるのでしょうか。木村氏は、クリントン財団の国務省と癒着した相当な腐敗を指摘していました。

個人的には…イイ感じがしていません…。不透明な時代が来るのですかね。日本の政治家諸氏で大丈夫ですかね。とても心配です。ただね、4年後に中間選挙がありますから…まだ分かりませんね…。

聖句の旧一番を復活したいですね!

◇現在聖句は二句ですが、過去に開祖のご意志により、何度か改編されています。「己こそ己の寄べ~」と唱えるようになったのは先生の晩年で、私は改編されたご法話に居合わせました。

当時は三句あり、「すべて悪しきことを為さず 善きことを実践し 自己の心を清むること 是諸々の仏の教えなり」を最初に唱えました。しかし、学校や公共施設を使用する支部、ないし社団支部だと宗教性が問題視されるので、「諸々の仏」とあった、この句を取られたのでした。

諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意・是諸仏教/しょあくまくさ しゅぜんぶぎょう じじょうごい ぜしょぶっきょう――大般涅槃経

うーーん!残念でしたね…。何でかと言いますと、前回書きました「修行は、喩えるならメッキを塗るのではなく、川の浄化ではないでしょうか…?」。人の質の問題を教育的・修行的に考える時、川の水質浄化と大変似ている。すなわち、上の言葉は成功に導く!と感じられるからです。もちろん、現在の聖句一番=自己確立もとても大事な事です。しかしこれも、本来「自灯明・法灯明」なのですが…今は置きます…。

◇◇運営上、変えられたのでしょう…!? 

それなら、組織改革で宗教法人と財団法人を厳密に分けたのですから、実際、学生拳士は礼拝詞は読んでいないのですから、宗教法人拳士に「諸悪莫作」を復活させて、よろしいのではないでしょうか…。なんたって「卍」を変えたのですから、できるでしょう…。

少林寺拳法は、仏教が目指す解脱=悟りを目的としないように思えます。川の水質浄化=人の質を良くし続ける修行であり、継続が目的でしょう。油断すれば、浄化された川も再び汚染されるからです…。

「人、人、人 すべては人の質にある」…。人の質の問題を川の水質浄化に喩えると、私は横浜の掘割川の成功を身近に見ているので、悟りを想像するより、はるかに信じられるのです。

話しが戻って、聖句の旧一番を復活したいですね!

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土曜練習会の終了後に撮影!

Kさんが時間があるというので、Mさん、S君、私の四人で食事に行きました。_dsc8067

開祖のお言葉/私の中で一つになりました

◇少林寺拳法の思想と技法をいつも考えて来ました。過去形ではなく現在進行形です。

連休中、フェイスブック『少林寺拳法 横浜根岸道院と仲間たち』に以下の書き込みをしました。

「合掌は人を大切にする思いやりの心。平和の誓い(追記:であり構え)。尊重、協調の精神を表す。
結手は自分から先に手を出さない我慢の心。不戦の誓い(追記:であり構え)。忍耐、譲り合いの精神を表す。
何か、、、解けた様な気がしています! 
追記:さらに付け加えれば、合掌は愛であり、結手は力ですね。これで確信しました!」

上は、前回17日の書き込み『教えと願いを含んだ法形だからです】と連動します。二つを合わせると…正解に辿り着いた感があります…。すなわち活人拳では、合掌ではなく「合掌・結手」と表すと、これまで述べて来たことが合っていたと思えます。大変嬉しいです。

「半ば自己/ワガミの幸せを 半ばは他人/ヒトの幸せを」は、合掌と結手の精神を、開祖がお言葉にされたモノだったのです。

◇◇ついでながらもう一つ。「人、人、人、すべては人の質にある」のお言葉について。実はこれも「半ばは~」に連動しています。

ただ残念な事に、開祖はメッキの譬えをされたので、ちょっと分かり辛くなりました。「メッキだって、厚く塗って剥がれなければ本物になる(アバウトです)」。私はですね、この歳になって思うのですが、このお言葉だと、メッキの元は変わらないで良い!と受け取られかねません…。

修行は、喩えるならメッキを塗るのではなく、川の浄化ではないでしょうか…?

横浜では昭和三十年代、母親たちが子供の頃泳げたほどの堀川が死にました。ヘドロが干潟の様に盛り上がり、メタンガスが噴き出し、異臭が漂う、という酷い事になってしまったのを思えています。で、横浜市と市民は反省したのでしょう。ずいぶんと長い期間ヘドロを取り除く作業を行い、下水道を整備し、(多分)条例を定め、ゴミの投棄を慎むなどした甲斐があり、今では中村川あたりでも釣りをしている風景が戻って来ました。多摩川でもアユが戻った!と報じられていますね。

人の本質を変える修行は、別人に生まれ変わるのではなく、生まれた時の清流のような心を取り戻す行為ではないでしょうか。その浄化された人々に「合掌と結手の精神」を持たせ、世に送り出す、ないし社会に戻すのが、少林寺拳法の人造りと考えます。

「半ば自己/ワガミの幸せを 半ばは他人/ヒトの幸せを」と「人、人、人、すべては人の質にある」。上に述べた通り、私の中で一つになりました。

教えと願いを含んだ法形だからです

◇先週の金曜日の医大支部の練習、昨日は来なかった3年生Fさん/一級が、久しぶりに顔を出しました。就活で半年以上ですね。

20社以上を受け、「2社の内定をもらいました」と、ホッとしていました。大人しかった、なんてモノじゃない以上に大人しかった彼女が、就職活動で鍛えられたか、すっかり逞しくなっていました=ハキハキ受け応え出来るようになっていました。

「それだけ受けて、どこかで少林寺拳法の話しが出た?」と聞くと、「ほとんどの面接試験で食いついて来ました!」と答えたので驚きました。少林寺拳法は想像以上に社会に認知されているのですね…。「最終面接に出てくるのは役員クラスで、ほとんど五十過ぎのオジサンでした」など、面白い話しもありましたです。

「少林寺拳法のこと何か聞かれた?」
「はい!」
「何と答えたの?」
「合掌は人を大切にすること、結手は忍耐を表している、と答えました」
「それじゃー少年部じゃないか!」(周りの人笑い!)

他にも色々と聞かれたようですが、ある会社で「なぜ入部したのですか?」と聞かれた時、「色々な部を見学したのですが、少林寺拳法部には精神性を感じたので入部しました」と答えたのがイイですね!

◇◇合掌と結手を、開祖のお言葉である「半ばは自己/ワガミの幸せを 半ばは他人/ヒトの幸せを」に当てはめてみましょう。自分と相手の幸せを願うから合掌するのです。そして「半ば!」と来るのが、結手=忍耐を表しています。人が幸せになるのは、この二つの精神が必要です。

少林寺拳法の修行に際し道場では、天地拳でもない、龍王拳でもない、合掌・結手の動作を一番多く行う=行わせるでしょう。まさしく、開祖の教えと願いを含んだ法形だからです。

日本国をそうしてはいけませんね!

◇築地移転問題に端を発し、東京都(庁)は伏魔殿であったことが露呈したようです…。都の予算は小国を大幅に上回る規模。なのに国家体制ではないのですから、歪=杜撰が生じてもむべなるかな!です。←さらに、利権、汚職がプンプン臭う!

猪瀬、舛添両氏の問題は「政治と金」という単純なことではなく、東京!という伏魔殿が為した問題であったのでしょう…。にしても、膨大な税金をつぎ込んだ豊洲施設はどうなるのでしょう…。

日本国をそうしてはいけませんね。政治家諸氏は襟を正して頂きたいです。そして我々国民も、見識をもって選挙に臨みたいです。少林寺拳法の拳士は絶対に選挙を棄権しないで下さい。

とても不思議な気持ちになります

◇土曜練習終了後の一枚です。向かって左端、Y君二段が海外青年協力隊の任務を終え、就職も決まり、今月から練習に復帰しました。

帰りにY君と、私、Mさん、S君とで、マックでお茶しました。普通なら、なかなか実現しない世代別のグループです。しかし同じ少林寺拳法を修行する同士ですから、話しが弾みます。聞いていて、とても不思議な気持ちになります。

Y君のラオスでの活動話し、彼の国の話しで、楽しいひと時を過ごしました。_dsc8051