範士の範は模範の範ですね!

◇つらつら考えますに…範士の範は模範の範ですね!

剣の世界であるなら剣士の模範となるべき人。少林寺拳法なら拳士の模範となる人です。人格・識見・技量、誰もがそう認める人が範士号を名乗る!そう思います。ちなみに私は、准、正、大とあるうちの准範士。印可以来、三十年以上経ちますが、今田三六=未だ山麓を徘徊しています。haha!

尚、二段は助士、三段は助教、四段は道院長見習い、五段は道院長…。そんな格付けなのでしょう。開祖は「ワシは雑魚はいらない。指導者を育てたい(アバウトです)」と仰ったことがあります。

解釈は別れましょうが…少林寺拳法の基本的な考え方――「半ばは自己/ワガミの幸せを半ばは他人/ヒトの幸せを」――お互いの幸せを考えることが出来る、(あらゆる分野の)指導者を育てたかったのでしょう…。

ここを外したら、少林寺拳法の人造りではないのでしょうね。

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