聖句の旧一番を復活したいですね!

◇現在聖句は二句ですが、過去に開祖のご意志により、何度か改編されています。「己こそ己の寄べ~」と唱えるようになったのは先生の晩年で、私は改編されたご法話に居合わせました。

当時は三句あり、「すべて悪しきことを為さず 善きことを実践し 自己の心を清むること 是諸々の仏の教えなり」を最初に唱えました。しかし、学校や公共施設を使用する支部、ないし社団支部だと宗教性が問題視されるので、「諸々の仏」とあった、この句を取られたのでした。

諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意・是諸仏教/しょあくまくさ しゅぜんぶぎょう じじょうごい ぜしょぶっきょう――大般涅槃経

うーーん!残念でしたね…。何でかと言いますと、前回書きました「修行は、喩えるならメッキを塗るのではなく、川の浄化ではないでしょうか…?」。人の質の問題を教育的・修行的に考える時、川の水質浄化と大変似ている。すなわち、上の言葉は成功に導く!と感じられるからです。もちろん、現在の聖句一番=自己確立もとても大事な事です。しかしこれも、本来「自灯明・法灯明」なのですが…今は置きます…。

◇◇運営上、変えられたのでしょう…!? 

それなら、組織改革で宗教法人と財団法人を厳密に分けたのですから、実際、学生拳士は礼拝詞は読んでいないのですから、宗教法人拳士に「諸悪莫作」を復活させて、よろしいのではないでしょうか…。なんたって「卍」を変えたのですから、できるでしょう…。

少林寺拳法は、仏教が目指す解脱=悟りを目的としないように思えます。川の水質浄化=人の質を良くし続ける修行であり、継続が目的でしょう。油断すれば、浄化された川も再び汚染されるからです…。

「人、人、人 すべては人の質にある」…。人の質の問題を川の水質浄化に喩えると、私は横浜の掘割川の成功を身近に見ているので、悟りを想像するより、はるかに信じられるのです。

話しが戻って、聖句の旧一番を復活したいですね!

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土曜練習会の終了後に撮影!

Kさんが時間があるというので、Mさん、S君、私の四人で食事に行きました。_dsc8067

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