宗道臣研究?の重要なテーマ??

◇開祖は「ワシが手塩にかけて育てた組織」と、少林寺拳法拳士集団を表現されたことがあります…。「普段は何事もなく過ごしているが、一丁事が起きた場合、さっと皆が集まる!(アバウトです)」。誇らしげに仰られていました。ようするに、日本人に横の繋がりの大切さ=団結の精神を教えようとされたのでしょう。

この前提には「日本人は砂粒のような民族である。一粒一粒は固いが、まとまることができない(アバウトです)」と感得された、先生の人生体験が元になっています。特に、終戦の引き上げ体験・混乱期の影響が大きいのでしょう…。しかし極限状態では、日本人に限らず人間に醜い部分が出るのは致し方ないと思われます…。

どうも、暴力に対する…なにか備えといいますか、対峙するための団結なのでしょうか…。してみると、荒廃した戦後の混乱期には求められましたが、世の中が平穏になった現在、団結力の用い方は違って来るようです。

◇◇元々、日本民族は農耕民族なので、各地には「結」という助け合い組織がありました。

 その点、動乱が茶飯事であった中国に生まれた「幇/パン」の共助とは、意味が違うようです。しかし先生は、ご法話の中で度々、幇を意識されたお話しをされました。ともかく、少林寺拳法では団結が教えの一つの柱になっていることは確かです。
小さな単位である道院でも、団結が無いと行事が成り立ちません。ただし、参加の無理強いはしません。してはなりません。無理強いしなければ出来ない行事は、その組織にとって手に余るモノ、ないし団結力不足による時期尚早なのです。少林寺拳法の行事=団結は、楽しい!幸せになる!ことが大前提と考えます。
 追記:思い出しました! 「日本人は同士討ちする民族」と言われたことがありました。「明治期の日本人は世界から尊敬を集めた」とも言われています。宗道臣先生の日本人観は、重要な一つの研究テーマですね。
新春演武会/法会は拳士諸氏の協力を得て、一部式典は厳かに執り行われました。
下の写真は私が撮影:前列左から道院生、市医大部員、フェリス部員、少年部が整列しています

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